体外受精を行った私は、「妊娠判定日」というのが移植日から12日後に設定されていました。
ただ、自分の父親の最後に居合わせたかった私は判定日に病院に行けませんでした。
父の葬儀が終わり、病院に判定のため向かったのは判定日の5日後でした。
体外受精でホルモンを薬で補充しているため、薬をやめると、たとえ妊娠していてもすぐに流産してしまうそうです。
私は移植日に事前に父親の状況を伝え、薬を多めにもらっていました。
遅れて迎えた判定日。
父の最後に、妊娠しているのならばその事だけでも伝えたい。そう考えていた私は、判定日の前に妊娠検査薬を試していました。
結果はなんと陽性。
すでに声かけに反応がほぼなくなっていた父に、届いたかは分かりませんが伝える事ができました。
そんな中、判定日まで安心だったかというとそうではなく。
何度か市販の妊娠検査薬で、反応がでるか確認していました。
病院に行っても、ドキドキは止まりませんでした。
判定日よりも少し遅れて受診したこともあり、今日は胎嚢が見える?もしかしたら心拍も‥?なんて思いを巡らしていましたが、この日は結局エコーはなく。
朝一にとって持参した尿を使って妊娠検査薬で判定された結果をもとに、先生とお話しするだけでした。
差し出された妊娠検査薬は、市販のものとは違ってスリムでしたが、線が出るシステムは同じでした。そこにはしっかりと線が出ていました。
先生はおめでとうございますと言ってくださった気がします。でも私が通っていたのは不妊治療専門院。
私は妊娠が簡単に継続できるとは思っていなかったし、先生も慎重で静かな雰囲気の祝福をしてくれたように思います。
妊娠判定を受けたら自分はどんな風に喜ぶかな?と思っていましたが、喜びというよりも「油断しちゃダメだ!」と自分を戒める気持ちのようなものが強かったように思います。
先生は私の父が亡くなったことにも気遣ってくれ、できればゆったりと過ごすようアドバイスをくれました。この時は女医の先生でした。血の通ったお話をしていただけてありがたいな、と印象に残っています。
病院で待っている時も、少しの気持ち悪さがありました。
それに加え、まだ8月の終わりだったのもありノースリーブのワンピースで来てしまったことを後悔しました。病院って涼しい場合が多いですよね。寒かったので、お腹が冷えてしまうことが気になりました。次回は必ず羽織りものを持参しようと誓いました。
次に受診したのは4日後でした。
待ちに待ったエコー。この時点では子宮外妊娠の可能性もあるため、どうか、どうか子宮の中にいてくれますように‥と祈る思いで内診台に上がりました。
エコーの画面をみると、まぁるいものがすぐ見えました。
21mm。
先生は優しい声で、なにやら言ってくれました。胎嚢が見えますね、とかそういうことだったと思います。
私は感動でよく先生の言葉は覚えていません。
その後の診察で、赤ちゃんの栄養である卵黄嚢も見えたし、経過は順調であることを教えてもらいました。
血液検査でhcg、tshの値も問題ないとのこと。
嬉しさと同時に、不妊治療で妊娠の難しさ、妊娠初期の不安定さを知っていた私は、喜びすぎてはいけないと自分を戒める気持ちで帰路につきました。
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